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通称寺の会の活動が「月刊住職」2020年1月号に紹介されました。

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令和2年1月 通称寺の会の活動が寺院住職情報誌「月刊住職」2020年1月号に紹介されました。 「お寺に愛称をつけてもっと元気を出そう」ということで全国の愛称を持つお寺が紹介されています。 この中には住職の活動が愛称として浸透してきた新しい愛称寺院も紹介されています。 そして京都の「通称寺の会」が愛称を持つお寺のネットワークとして紹介されました。     「通称寺の会」ホームページ 通称で呼び親しまれた京のお寺が宗派を超えて昭和59年に集まり「通称寺の会」が誕生しました。 通称寺は住職とその家族だけのお寺が多く、せっかく参られても住職が不在のこともあり、 納経帳はバインダー式で書置きの御朱印も入れられるようになっています。 また会は入退会が自由なので会員寺院の出入りが有っても入れ替えが出来るようになっています。 そして他の巡拝霊場と違って順番は無くどこからでもお詣りできる、いい意味で「ゆる~い会」です。 ウエッブサイトも活用し、新しく「巡拝の栞」をバインダー式にしようと活動も盛んに行われています。 通称を持つお寺の古い新しいは有れど、それぞれお寺を盛り立てるために奮闘を続けています。

令和元年度 通称寺の会研修会が「妙顕寺」「鳴虎・報恩寺」で行われました。

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令和元年11月18日、令和元年度 通称寺の会研修会が「妙顕寺」「鳴虎・報恩寺」で行われました。 最初に日蓮宗大本山「妙顕寺」を訪れました。 〒602-0005 京都市上京区妙顕寺前町514 「妙顕寺」は通称寺の会員では無いのですが、次に訪れる「鳴虎・報恩寺」と共に 「まるごと美術館」というイベントに参加されています。 「まるごと美術館」とは寺社仏閣の特別拝観と合同で行う「春・秋の展覧会」です。 寺宝に加えアート作品や伝統工芸品の展示、ライトアップなどを開催しています。 ​通称寺会員寺院の参考になればということで拝観させて頂きました。 「妙顕寺」は日蓮聖人の遺命を受けた日像聖人により建立された京都で最初の日蓮宗の寺院です。 また後醍醐天皇の勅願寺にもなっています。 この広い境内にアート作品や京都伝統工芸大学校の学生さんの作品が展示されています。 よく手入れされた庭は紅葉が美しく彩っています。 豪壮な本堂や樹齢四百年の赤松など流石歴史を感じさせられます。 次の「鳴虎報恩寺」に行く途中には、「お会式桜」が11月半ばにちらほら咲いていました。 次に「鳴虎 報恩寺」を尋ねました。 「鳴虎」の通称名の起こりは豊臣秀吉が虎図を聚楽第に持ち帰った夜に虎が鳴いて眠れず、早々に寺に返したところ静かになったので「鳴虎」の名がおこりました。 この虎の姿は毛の色や、長さ、方向が一本一本さまざまに描き分けられており立体の像に見えます。 見る角度により見え方が異なるということで、ここでは「報恩寺の角度」をテーマにされています。 芸術家目線で一般の人が気づかない報恩寺の魅力を切り出しています。 光の微妙な差し込み具合など拘りが有るので、堂内は薄暗く室内の写真は有りません。 また報恩寺には黒田長政公が亡くなった最後の部屋に長政と父・官兵衛の位牌が安置されています。 門前の石橋は秀吉の侍尼・仁舜尼の寄進で擬宝珠に慶長七年の銘があります。 ま...

平成30年度 通称寺の会研修会が「出水の毘沙門さま」「ひょうたん寺」「つまとり地蔵」で行われました。

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平成30年11月5日 平成30年度 通称寺の会研修会が「出水の毘沙門さま」「ひょうたん寺」「つまとり地蔵」で行われました。 最初に「出水の毘沙門さま」を訪れました。 〒602-8359 京都市上京区出水通六軒町西入ル七番町331 「出水の毘沙門さま」は正式には蓮金山華光寺といい、天正十一年(一五八三)大本山妙顕寺の顕彰院日尭上人が豊臣秀吉の外護を受け隠居所として創建されました。 寛文三年(一六六三)に出水の現在地に移転し、武家の菩提寺として栄え、四ヵ院を有し、京都二十一ヵ本山の一つに準じられました。 山門を潜ると、広大な敷地に大きな本堂が目に入ります。 境内の梵鐘は鎌倉後期の代表作で京都府の文化財に指定されています。 この梵鐘の下に松の古株があり、秀吉お手植えの松で、晴れの日に雫が落ちる様子から「時雨松」と呼ばれ、同じく秀吉愛好の「五色椿」と共に、「出水の七不思議」と呼ばれました。共に枯死してしまい、梵鐘の下に置かれています。 本堂の右側には通称の元となった毘沙門さまが祀られており、外には鳥居が建てられています。 本堂の中で御住職の説明を受けました。 毘沙門さまは平安後期の作で甲冑をまとい右手に三叉戟を執り左手は腰に託し夜叉鬼を踏んでいます。 伏見城で祀られていた毘沙門天を、秀吉自ら奉納祭祀したと云われています。 以後、開運厄除の毘沙門さまとして信仰を集めています。 次に「ひょうたん寺」を尋ねました。 〒602-8359 京都市上京区出水通千本西入ル七番町323-1 「ひょうたん寺」は正式には竹林山宝寿院正光坊福勝寺といい、弘法大師が河内国に創建され、正嘉年間(1257~59)に覚済僧正が京都に移しました。 本堂の中で御住職の説明を受けました。 皇室の崇敬厚く、後陽成天皇は病気にかかった時、当寺本尊薬師如来へ祈願され、菊の御紋を当寺へ寄付し勅願所にされました。 本尊の左に祀られている聖観音菩薩は後西天皇の勅願を受け、京都で一番古い観音様で洛陽三十三観音の二十九番札所になっています。 この本堂の左の間に祀られている歓喜天は「聖天さん」...